- Next »
- « Previous
悩み・苦しみを軽減させる方法
キヌに書いたものをこちらにもアップしておきます。
0.適用外の悩み・苦しみ
体にひどい痛みを感じるとき、
本当にお金がなくて生活に困窮しているとき、
近親者・恋人などを死によって奪われたとき、
暴力など犯罪的な行為で心身ともに傷ついたときは
別の方法を採る必要があると思う。
1.悩み・苦しみを直視し、その存在を認める
存在しないことにしてしまえば、一時的に楽になることはある。
忘れられるなら、忘れてしまう方がいいものもある。
しかし、抑圧したものは回帰する。
存在しないものは、別の形で現れてくる。
また、忘れたことは永遠に解決しない。
解決したいなら、忘れないことが重要。
2.悩み・苦しみの内容を把握する
「なんだか嫌だなあ」という気持ちがあるなら、
何に対して嫌なのかを考えてみる。
上司に対して苛立っているなら、上司のどこが嫌なのかを考えてみる。
能力の低い上司が自分に命令していることなのか、
仕事をしない上司が自分より高い給与をもらっていることなのか、
上司が仕事以外の話を職場でしていることなのか、
あるいは、上司以外の同僚に問題があるのか、などなど。
3.悩み・苦しみの生じる理由・状況・ウラを考える
悩み・苦しみの内容がわかると、すぐに解決したいかもしれない。
でも、少し回り道したい。
「なぜこんなことが起こるのか」「なぜこれが嫌なのか」を考える。
能力の低い上司が自分に命令してくるのが嫌だと思っている場合、
暗黙の了解として、「自分は上司よりも優れた人間である」かつ
「優れた人間は、劣った人間に対して命令しても良いが、
その逆は許されない」という前提条件が隠れていることが多い。
本当のそれらの前提条件は正しいのかを吟味する。
半分くらいは、ここで解決する。
つまり、前提条件が間違っているか、自分の思いこみであって、
自分の感情が合理的ではない場合が多い。
もちろん、「感情が合理的ではない」とわかったからといって、
問題が解決するとは限らない。
むしろ、合理的ではない感情に振り回されるのが普通だろう。
また、たとえば上司が仕事以外の話を職場でしていて迷惑な場合、
「なぜ彼(女)はこんな態度を取るのだろうか」と考えてみる。
もしかすると、彼(女)は家庭で配偶者にまったく相手にされておらず、
友人とは群れるだけのうわべだけの関係であり、
本当はしっかりとした人間関係を構築したいのだが、
そういう自分の欲求にも気づかないくらい愚かな人かもしれない。
4.悩み・苦しみに対して対処方法をとる
自分の感情が合理的であれば、対処方法は比較的単純だ。
「我慢できないくらい、給料が安い」と思うなら、
上司に昇給を掛け合うか、転職するしかない。
選択肢は限られているが、対処方法は簡単だ。
ただ、我慢できるレベルなら、「我慢する」という選択肢があり、
問題がちょっと複雑になる。
「なぜ自分は我慢するのか」について、理由をよく考えておかないと
際限なく愚痴を繰り返したり、あとで後悔したりしがちだ。
また、自分の感情は合理的ではないと思ったとき、
「じゃあ」と言って、感情を修正するのは難しいことも多いだろう。
だから、「この点では、感情が理性を超えている」ということを
忘れないようにしたい。
もし余裕があれば、「なぜこの点では感情がコントロールできないのか」を
過去にさかのぼったり、心の奥深くまで調べて考えてみるのも有効だ。
(注意1)悩み・苦しみを諦めることも考える
無理矢理解決させようとしない方がいいことも多い。
「解決は、時の流れに任せる」という方法もある。
また、常識通りに解決しようとしても、
うまくいかないことも多い。
傍目から見ると、非常識に思える行動が問題解決に近づく糸口になるかもしれない。
たまには非常識に振る舞ってみるのも悪くない。
(注意2)悩み・苦しみには因果律を適用しない
悩み・苦しみの理由を探っているときに、因果律に陥ることは多い。
「昔、あんなことをしたから、私は今こんなことで苦しんでいるのだ」と
思うこともあるだろう。
しかし、「何事にも因果律がある」と思わない方がいい。
因果律は基本的に人間の解釈であり、人間が物事に読み込むものである。
つまり、絶対ではないということ。
世の中には、因果律に縛られない事象が非常に多い。
「悪いことをした人は必ず不幸になる」とか、
「善人は必ず報われる」などということは、まずあり得ない。
逆に言えば、「不幸な人は、何らかの悪いことをした」とか、
「幸せな気持ちに包まれている人は、過去に良いことを行った」は間違い。
詳しく言うと、「私たちが認識できる世界では、因果律は必ずしも成立しない」ということ。
もし私たちが認識できない世界を想定するなら、
因果律は成り立つかもしれない。
しかし、そこはすでに信仰の領域であり、宗教の世界である。